ウエールズ人、カナダ人、アメリカ人。3人の外国人が運命に引き寄せられるようにして日本で出会い、意気投合し、それぞれの強みや個性を生かしてクラフトビール専門の醸造所を作り上げました。3人はいかにして、異国の地でクラフトビールのビジネスに踏み出したのでしょうか。創業までのストーリーを紡ぎながら前進する京都醸造のポール・スピードさんにお話をお聞きしました。
■アメリカとベルギー、2つの国のビール製法を融合
2015年、東寺に近い京都市南区の一画にクラフトビールの醸造所が誕生しました。創設者はアメリカ出身のクリス・ヘインジさん、ウェールズ出身のベン・ファルクさん、カナダ出身のポール・スピードさんの3人。クリスさんが醸造、ベンさんが営業、ポールさんが経営を担当しています。
工場内にはビールを飲めるタップルームが併設されていますが、京都醸造はBtoBがメインの醸造所。タップルームでは金曜日の夕方と週末に醸造所を訪れるお客様に直接ビールを提供しています。
「クラフトビールの取り扱いに適した空冷式サーバの設備がある店に樽生ビールを販売しています。樽の扱いがない店向けにボトルビールの販売も始めました。現在、顧客の数は約700軒を超えますが、よく買っていただいているお客さんはその内の300軒程度ですね。中でも一番多いのは地元の京都のお客様で、売上の約40%を占めています。それに続いて首都圏は約35%、大阪は10%を占めます」
初年度2015年には約600万円だった売上は、昨年2019年には約1億6000万円に達しました。この数字からも市場開拓は順調に進んでいるといっていいでしょう。
京都醸造のビールの特徴は、アメリカとベルギーの2つの国のビール製法をかけ合わせていること。べルギー産の酵母とアメリカ産のホップを使い、双方の良さを生かしたユニークで特別なビールを追求しています。無濾過へのこだわりもまた、その特徴の一つです。
「できるだけ美味しいビールを提供するために、ベルギー酵母を生かしたい。だから殺菌はしたくない。そのための無濾過なんです。味を美味しくするためのこだわりですね」
■年間約50の新作をリリース
ビールのラインナップは、3種類の定番シリーズを柱に、年に数回登場する準定番シリーズのほか、季節限定や限定醸造など、年間40~50の新作をリリースしています。季節限定商品には「気まぐれ」と「春夏秋冬」の2つのシリーズがあり、前者は季節によって趣を変えたホッピーなペールエール、後者は季節ごとにレシピを変え、セゾンというビールでそれぞれの季節を表現したものです。
ビールのネーミングも実にユニークです。「一期一会」「一意専心」「黒潮の如く」のように四文字熟語や日本人ならイメージが湧きやすいフレーズを冠したビール名は、原材料の特徴やコンセプト、ストーリーなどを元にスタッフ全員で意見を出し合い、決めています。
定番商品の中でも特に人気がある「一期一会」はベルギーに由来する「セゾン」(かつて農閑期である冬の間に醸造したビール)スタイルをイメージしながら、ベルギー酵母とアメリカ・ニュージーランド産ホップのアロマの組み合わせを重視して作られました。このネーミングは「すべての機会は一生に一度しかないので、ベストを尽くせ」という茶の湯の教えから取られました。
振り返れば、異国の地でビール醸造所を営むに至った3人の出会いも、最初は「一期一会」でした。この言葉は、京都醸造の「来し方行く末」をもっとも的確に表現している言葉かもしれません。
■3人でビールの醸造所を作ろう
3人は2005年にJETプログラムの赴任先だった青森で出会いました。気の合う仲間としてよく一緒にビールを飲んでいたという3人でしたが、その後證券会社に勤めていたポールさんが週末に社外の経営学修士号(MBA)を取得したことをきっかけに、会社設立へ向けて本格的に動き始めました。
ポールさんは当時を振り返ります。
「最初は自分で起業をするという発想はまったくありませんでした。しかし、MBAのプログラムの中に自分の会社を立ち上げるという時間があり、そこから興味がどんどんと膨らみ、最終的に自分で何かをやりたいと思うようになりました。そのことをクリスに話したら、彼も『趣味のビールを仕事にしたい』と考えていたことがわかり、じゃあ、一緒にブルワリーを始めようかと意気投合しました。後にベンの加入も決まり、京都醸造計画が動き始めました」
それぞれ異なる仕事をしながら、同じタイミングで次のステップを模索していた3人。想いの熱量とタイミングが奇跡的に一致し、青森での“一期一会“の出会いは京都醸造へと結実していったのです。
醸造所の場所として京都を選んだのは、その前からクリスさんが仕事をし、生活の拠点にしていた地ということもありますが、一番の理由は京都の街が持つバランスの良さが挙げられます。伝統を守りながらも、新しいもの・良いものに対する感度も高く、伝統と革新がほどよく共存しているその土地柄に惹かれ,3人は京都に醸造所を設立しました。
しかし、ビール醸造というのは多くの設備を必要とする産業です。設備を整えるのに必要な資金をどのようにして調達したのでしょうか。
「34人の投資者から総額1億円の資金を集めました。投資者といってもプロの投資家ではありません。家族や友人、元職場の上司にアプローチをして資金を募りました。綿密に作成した事業計画書を元に投資者の一人ひとりを説得し、投資をしてもらいました。醸造所の始動までに使ったのはそのうち7000万円ほどですね。残りはキャッシュフローのためにキープしました」
もちろん1億円もの資金を集めるのはけっして容易なことではありません。しかし、それを実現できたのは、投資者たちが事業として京都醸造の将来性を認め、自分たちの手で美味しいビールを作るんだという3人の熱量を事業計画書から感じ取ったからでしょう。
■お役所向けの煩雑な手続きとマーケティングを同時展開
工場スペースを確保し、ビールづくりに必要な機械を搬入し、2014年に晴れて京都醸造の醸造所がオープンしました。もちろん全員にとってビールをつくるのは初めて。この規模での醸造には繊細な調整がたくさん必要だったといいます。
「美味しいビールをつくること自体は難しくないのですが、常に同じ質を保つのが難しい。麦芽も収穫された年によって中身が微妙に違います。弊社は地下水ではなく水道水を使っていますが、季節によって含まれる化学成分が違うんですよ。ビールの質を安定させることに一番苦心していますね」
顧客獲得の方法は実に現代的です。販売用としてビールをつくるためにはあらかじめ税務署へ届け出る必要があります。その際、「自分たちがつくるビールにはこれだけの需要がある」ということを証明しなければなりません。3人は,さまざまなコネクションを駆使しては飲食店に出向き,店主にこう尋ねました。
「美味しいビールを作ったらどれくらいの量を買っもらえますか」
「その量をこの紙に書いてもらえますか」
「税務署に提出する書類としてぜひ使わせてもらいたいです」
こうして集めた顧客リストは、税務署に提出するために使用されただけではありません。メールアドレスを集めてメーリングリストを作り、ビールが完成したらメールを送ってFacebook上のページに招待しました。その甲斐あって、最初につくったビールは販売から24時間以内に完売したそうです。お役所向けの煩雑な手続きとマーケティングを同時に行い、スタートを切った時点で京都醸造はすでにたくさんのファンを獲得していたのです。
そんな中、忘れられない顧客との出会いもありました。
「これからバーをオープンするからビールを買いたいとメールを送ってきてくれた方がいました。ありがたいことに、僕たちがキャッシュフローで苦労していることを知り、6ヶ月分、計300万円を前払いしてくれたんですよ。僕たちにとってはスペシャルガイ。彼は現在でも、京都に3軒のバーを経営しています」
早々に立ち上げたFacebookページは顧客へのPRのツールとして有効に活用されています。ボトルビールの賞味期限が当初の2ヶ月から3ヶ月に変更した時もまずFacebook上で告知しました。新しいビールのリリース情報や常設での取り扱いを始めたバーや飲食店情報、そしてイベントなどについてもFacebookページを広報活動の手段として使っています。
BtoBはメール、BtoCはFacebookページで。京都醸造にたくさんのファンがついているのはビールの味だけでなく、その良さを効果的に発信するマーケティング戦略のたまものです。
■効率的な管理が可能なShopify
ECストアを開くにあたって、プラットフォームとしてShopifyを選んだポールさんは次のように言います。
「たくさんの顧客と個々にやりとりをするのでは効率があまりに悪すぎる。また、毎週のようにリリースされるビールの在庫管理も必要です。何か良いツールはないかと探していたときに證券会社時代の友人からShopifyを勧められました。勧められてやってみたら、数時間で簡単にECストアができました。アプリストアにはたくさんのアプリがあって、検索すればすぐに見つかるのも便利ですね。何より、たくさんオーダーがあっても、納品の日付や時間帯など効率的に商品発送までの管理ができるのがいい。分析機能も大変重宝しています。BtoCとしてShopifyを使っているユーザーが多いとは思いますが、最近は細かいところまで改善されてBtoBとしても使いやすくなりました。ちなみに紹介してくれた友人は證券会社をやめて、ビール醸造所向けのソフトウエアを開発しています(笑)」
将来的には「freee」など会計ソフトとの連携を希望しているというポールさん。それだけ、Shopifyが京都醸造の仕組みの中にしっかりと組み込まれているのでしょう。
ECストアを運営する苦労についても尋ねてみました。
「アメリカだとECで商品を調達するのは当たり前ですが、日本はまだまだ。注文の80~85%はいまだに電話です。FAXを希望する方もいますね。僕たちはもうFAXは使っていないのですが…」
日本の商慣習にとまどいながらも、京都醸造は着々とビジネスを拡大し、来年の第1四半期には缶ビールの製造をスタート予定。2020年にはBtoCのストアもオープンし、現在は定番シリーズだけのボトルビールも、今後は季節限定品を加えて商品バラエティーを増やしていく計画です。
京都醸造が誕生した当時、京都市内にはほとんど不在だった同業者が、今ではずいぶんと多くなりました。3人はその環境の変化をむしろ歓迎しているそうです。
「クラフトビールの普及につながりますからね。醸造所が増えればお客さんがこの地域にやってくる。京都のいろいろな醸造所を回って、うちにも来てもらえれば楽しいじゃないですか(笑)。近い将来、アンテナショップも開きたいと考えています」
京都醸造が牽引する形で、いまクラフトビールは京都に新たな魅力を付け加えています。カリフォルニアのワイナリーめぐりのように、クラフトビールめぐりが京都の名物になる日は近いのかもしれません。
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